【アニメ犬夜叉119・120話】白心上人の悲しき想いから学ぶ魂の救いとは

こんにちは!にゃんきちです。

今日は犬夜叉で出てくる白心上人の過去と奈落の囁きから学ぶ「救われること」について書きました!

もし良ければ見てみていただければと思います……

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白心上人の過去

こちらの記事でも少しばかり、紹介しました白心上人です。

白心上人は生前、なんの迷いもなく、人々を救いたいと思い行動してきた。

人々は白心上人に救いを求めた。

白心上人は迷える人々に道を示し、救わねばならなかった。

白心上人が病に倒れた時、人々は「白心上人様がいなくなられたら誰が我々を救ってくれるのか」と嘆いた。

白心上人は村人達に答えなくてはいけなかった。

そして、白心上人は、自分が死んでからも村の人々を救う存在でありましょうと皆に約束し、生き仏となることを決めます。白心上人は白装束に身を包み、鈴をひとつ持って箱の中に入ります。

その箱は、土の下に埋められます。

白心上人は鈴を鳴らし続けた。

鈴の音が止まった時、それは白心上人の命が耐え生き仏となった時。入滅した時と、外で待つ村の人々に伝えるために。

「外では皆が祈っている、わしが見事入滅することを。」「わしの死を望んでいる。

その時白心上人は生まれて初めて後悔に襲われた。生きることの執着と暗闇の恐怖に。

「わしは全身全霊で人々に尽くした。なぜ死なねばならないのだ。」

そうして白心上人は絶命し、体は生き仏として祀られたが、魂はその時の後悔や恐怖、深い悲しみの中で成仏出来ず暗闇の中に取り残されてしまいます。

闇に取り残された白心上人の魂への奈落の囁き

魂が救われず成仏できず闇に取り残された白心上人の魂にある時、語りかける者「奈落」が現れます。

「憐れな・・・聖人と崇められ、迷うことも悩むことも許されず。・・・だが誰一人お前のことなど考えてはいない。」

(・・・・わしが口が裂けても言えなかったことだ)

「自分を偽るな。お前は生きたかったのだ。」

「恨んでも良いのだ。愚かなものたちが、お前を聖人と祭り上げ土の中で生き仏となることを約束させ、そして、お前を孤独の暗闇に放り込んだのだ。恨め、人間を、世の中を。」

聖人として崇められ、迷うことお、弱さを見せることも許されなかった白心上人。

誰にも言うことが出来なかった思い、迷い、苦しみを奈落の言葉により受け入れられたことが、「救い」に感じたのかもしれません。「誰も分かろうとしてくれなかった、辛かった、悲しかった」…それを奈落はわかってくれる、受け入れてくれる。

闇の中での「奈落の優しさ」が唯一の救いのように感じた白心上人は、奈落に心を許し、奈落に協力することとなります。

「救い」って何なのだろう・・・?

他者からの理解による「救い」

白心上人は、自分の苦しみや辛さを奈落に理解されたことで自分は救われたと言います。

しかし、魂がこの世にあり続けるということは成仏しきれていないということ。

おそらく、奈落の優しさに、初めての自分の苦しみを理解してくれる者に出会い白心上人は「救われた」と感じているけれど、真実には救われていないのです……。

現に桔梗からも、白心上人から悲しみが伝わってくると言われます。

しかし、理解されることはやっぱり嬉しいし、「救われた」と感じてしまっても仕方のないことのように思います。

自分が一人でずっと抱えて、苦しくて、辛くて、悩んでいて。それを理解してくれる、優しく包み込んでくれるというのは嬉しいものだよなと思います。

自分を受け入れてくれる他者の存在はとてもとても大きいことなのだと思います。

本当の救いは自分の中にあるのかもしれない

生前は人々を助け、施しを行ってきた高僧。死に際では確かに、「後悔」「理不尽感」「死への恐怖」様々な苦しみと辛さがあったはず。しかし、本当に人々を恨むことが白心上人が救われる方法だったのでしょうか・・・。

「恨め、憎め」と奈落が囁いたことで、白心上人は「恨み憎しみ」という感情で自分の悲しみを満たし、心の奥にあった自分の「本当の悲しみ・後悔」をごまかしていたのかもしれません。

「憎しみ」「恨み」というものは、辛さを誰かのせいにするということ。

「人々を恨む、世界を恨む、社会を恨む」……誰かのせいにすること、責任転嫁をしてしまうこと、これは本当の自分の理解に繋がらない。自分がなぜ苦しく辛いのか、誰かのせいにしてしまえば楽かもしれない。でも、本当の自分を見つめ、受け入れることに繋がらない。

悲しみごと自分を受け入れ、認めてあげることが本当の安らかな救いに繋がるのかなと思います。

最後にひとこと

人は誰しも弱さを抱えているもの。完璧な人間なんて、どこにもいません。どんなにすごい人でも、見えないところで悩みを抱えている。

白心上人が全身全霊で人々に尽くしても、人々はそれが当たり前と思う。施しに感謝はしているだろうけれど、誰も白心上人の悲しみを知ろうともしない、結局は自分のことを考えている。

白心上人は、弱さも迷いも見せなかった。だから、人々は白心上人は常人の自分たちとは違う、特別な人なんだと思ったのでしょう。しかも、時代も時代、皆自分が救われることで手一杯だったはず。

白心上人が皆のためをと思い「自らの死」を選んだ。白心上人が決めたこととは言っても、やはり悲痛な心の叫びを見てしまうととても可哀想に思えてなりません・・・。

ただ、自分を受け入れること、そして他者にも受け入れてもらうこと、それはそんな悲しい運命を変えていけることなのかもしれないなあと思うのでした。

ということで、今日は白心上人の過去と奈落の囁きから学ぶ「救われること」についてでした!

お読みいただきありがとうございました〜!!

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