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黒巫女椿の渾身の呪いが桔梗とかごめに負けた理由と願いが叶わなかった訳

アニメ・漫画の部屋

こんにちは、にゃんきちです。

犬夜叉の中に、他人を呪う呪詛を専門とする黒巫女という存在が出てくるお話があります。

アニメの60話位からその黒巫女・椿という女が出てくるのですが、彼女は力欲しさに奈落に協力し、かごめを呪って殺そうとします。

人を呪わば穴二つと言いますが、他者と自分を比較して、他人を貶めて害することって何も生まれないな・・・と思っちゃいました。

そんなことで、

  • アニメ犬夜叉60話〜感想
  • 人を呪うってことはどういうことなのかってこと
  • 黒巫女椿が桔梗にもかごめにも負けた理由
  • 黒巫女椿の願いが叶わない理由

などなどについて今回は書いてみました〜!!

犬夜叉アニメ第60話〜黒巫女の呪いのざっくりあらすじ

このエピソードは、呪詛使いよ黒巫女椿が永遠の若さと美しさを得るため四魂の玉を得ることを条件に奈落の要望を受け入れます。

そして、奈落と黒巫女椿の策略により、かごめは黒巫女の呪詛により呪われてしまいます。

式神の蛇をを使い、かごめの血を入手。儀式により相手を呪うよ…(アニメ犬夜叉60話より)

 

黒巫女の呪いに苦しむかごめ。(アニメ犬夜叉60話より)

 

黒巫女・椿は実は50年前にも永久の若さと美しさを得るため、巫女として桔梗に嫉妬したために四魂の玉をを狙い、巫女・桔梗を呪ったことがありました。しかし、桔梗から「呪い返し」を受け、黒巫女椿は顔に大きな傷を作ってしまいます

美しさを求める黒巫女椿にはそれは大きな痛手であり、同時に大きな屈辱でした。

 

今回の黒巫女・椿のかごめへの呪いは桔梗への復讐の気持ちが見え隠れします。

奈落の要望とはいえ、黒巫女椿は桔梗の生まれ変わりであるかごめにより一層の恨み辛みが募っていたことと思います。

しかし、黒巫女椿は桔梗の生まれ変わりかごめからも50年前と同じ様に「呪い返し」を受け、敗れます。

 

人を呪わば穴二つ…人の魂を呪うということは自分の魂も呪われるということ

人を呪わば穴二つの意味

「人を呪わば穴二つ」という言葉があります。

語源は、昔の陰陽師が呪詛により他者を呪い殺す時は、呪い返しを受けることを考え、呪いの対象者と別にもうひとつ、自分の墓穴を掘ることからきているそうです。

この出来事から転じて、「人を呪えば我が身も呪う」「他人を害する時、また自らも同等の害を受ける覚悟をしなさい」という意味の諺として使われています。

 

黒巫女椿は永遠の美しさを求め、四魂の玉に執着し、人を呪った。そして、結局はかごめに呪い返しにあい、再び傷を負うとともに自身の力も大きく失ってしまいます。

 

人を呪うということは、自分も呪われる覚悟をしなければならないということ。人を殺すということは自分も殺される覚悟をしなくてはいけないのです。

今も残る呪詛の方法

呪いには

  • 生霊を飛ばす
  • 藁人形に念を込めて釘を打ち込む
  • こっくりさんにお願いする

・・・など今でも色々な方法が残っています。ただどれも、「恨みの念」「強い念」が儀式には必要となってくるようです。

他者を呪うことは自分の魂も汚すこと

人を呪うためには、自分の心を黒く染め上げ、相手を恨み、強い念を持つことが重要のようです。その恨みの念、自身の魂を利用して、相手を呪う。

しかし、自分の心を黒く染めるということは自分の魂を汚すことと同義です。呪うことで自身の魂を汚してしまう、そして呪いが失敗すればその報いも受ける。

 

現に黒巫女椿は、呪いの報復を受け「美しくなりたい!若いままでいたい」という願って行動したのに顔に傷を受け、椿の願いとは逆の結果を受けています。

 

「誰かを呪うこと」にいいことなんて何も無いなとつくづく思います。

人との運命を比較し、人との美しさを比較し、周囲を呪い、魂を汚してしまった椿。

 

比較して運命を呪うのではなく、これから如何に自分があるべきか考えていける人間であり、魂でありたいなと感じました。

 

自分の魂を汚すのも、輝かせるのも自分次第なのですね。

 

黒巫女椿が桔梗にもかごめに負けた理由と願いを叶えられなかった理由

椿が負けたのは執着心を捨てれなかったから?

「私はどこで間違えたのか」

黒巫女椿は、何度もこの言葉を繰り返します。

そして最後の瞬間まで、自分が何が悪かったのか分からないまま、自分は正しいと・・・そう思いながら死んでしまいます。

 

黒巫女椿は、まだちゃんとした巫女であった頃は、桔梗と並び称された立派な巫女でした。しかし、美しさに固執したり、他者と比較する部分が多くあったようにも見受けられます。

50年前に四魂の玉を守る巫女として桔梗が選ばれた時も、「なぜ自分が選ばれなかったのか?!」「私の方が桔梗より優れている!美しい!」とひどく動揺します。

 

おそらく、椿は自分を他者と比較して自分を貶めることをやめれず、「私だって桔梗みたいになれるのになんで!!」「私の方が美しいはず!!」と誰かと比較して囚われることをやめれなかった、執着というものを捨て去ることが出来なかったのです。

それが、桔梗やかごめに負けた理由であり、黒巫女に落ちてしまった原因でもあり、魂を汚し人生を狂わせた最大の要因なのではないかと思います。

他者の評価に囚われ続け、自分自身を受け入れなれなかった椿の願いは叶うはずがなかった

黒巫女・椿は最後まで人と比較し、自分を貶めることしか出来ませんでした。

「美しさ」に固執し、「四魂の玉」という他力の力に固執していました。

 

何かに怯え、誰かと比較し、「執着」している限り、本当に欲しい”美しさの実感”も”強さ”も手に入らないのではないかと私は思います。

たとえ手に入っても、まだまだ足りないはずです。

比較している限り上には上がいるし、執着には終わりはありません。今の自分自身を受け入れない限り、許せない限りきっと終わりはないと思うので・・・!

 

本当の美しさとはその人の内面からにじみ出るものだと私は思います。誰かと比較し焦っているような美しさは真の美しさではないと思いませんか・・・?

欲しい、欲しいという執着ばかりが前に出ている美しさは逆に醜くもあります。

外見だけ取り繕う、ひどく比較する、優越感を得て他者を下に見る・・・そういう外面だけの心、内面の浅さはその人の雰囲気、顔にも少なからずあらわれるものなんじゃないかなと思うのです。

 

「執着する」「固執する」ということは、本当に欲しいものから自分を皮肉にも遠ざけてしまうことなのかもしれません。

 

桔梗は自分が椿のように犬夜叉に固執している為、かごめに叶わないと悟っている・・・?

最後に桔梗はこんな台詞を言います。

「四魂の玉に執念を抱いていた椿にはもともと勝ち目はない」

 

そしてまた、桔梗は自分が犬夜叉に執念を抱いていることを自身でも理解していて、自身のことも悲しく笑います。

桔梗の心も椿同様、犬夜叉という存在に「執念」を抱き固執しています。そうである限り自分もまた、犬夜叉を決して手に入れることは出来ないと桔梗は心の奥で悟っているのでしょう。

 

桔梗も、椿もただ自分という人として幸せになりたかった…ただ自分の存在を誰かに認めて欲しかっただけなのに。そんなささやかな望みも叶わないのは少し哀しいですね。

ささやかだからこそ、当たり前だからこそ、叶えるのが難しいのかもしれないけれど。

 

「執念」「固執」という思いを断ち切れるのは自分だけ。

そこを断ち切れない限り、自分自身次のステージは進めない。本当に望むものは手に入らないのかもしれません。

 

最後に一言

いかがでしたでしょうか。

人の比較、他者の中には本当の自分はいないし、自分の存在を真に認められるのは自分の心なんだなって思いました。心の実感は私自身の心で感じるものだから。

犬夜叉・・・毎回深いよ・・・だから好き・・・。

そんなことで、今回は黒巫女椿の他人を呪うこととかかごめに勝てなかった訳などなどでした。

お読み頂きありがとうございました〜〜!!

 

*その他にもたくさん犬夜叉記事書いてます!!詳しくはこちら↓↓

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